いつもオーダースーツの豆知識をご覧いただきありがとうございます。
今回もオーダースーツの世界をいろいろな角度からご紹介します。
ご自身の身体に合わせて丹精込めて仕立てたオーダースーツ。袖を通すたびに背筋が伸び、自信を与えてくれる特別な一着ではないでしょうか。しかし、時の流れと共に訪れる体型の変化や、ふとした瞬間の生地の傷みによって、「あの頃のように格好良く着こなせない」とクローゼットの奥に眠らせてしまっている方も少なくありません。
「高価なものだったし、愛着もある。でも、もう着られないのか…」
そんな風に諦めてしまうのは、あまりにも早すぎます。実は、丁寧に作られたオーダースーツほど、驚くほど美しく蘇らせることができるのです。この記事では、日々スーツと向き合う私たちテーラーの視点から、皆様が大切にされているスーツを再び輝かせるための具体的な修理方法、最適な依頼先の見極め方、そして何よりも「失敗しない」ための重要なコツを、余すことなくお伝えします。愛着のある一着との物語を、これからも紡いでいくためのお手伝いができれば幸いです。
1. オーダースーツは驚くほど直しができる
「オーダースーツって、そもそも直しができるものなの?」という疑問をお持ちかもしれませんが、答えは明確に「できます」。むしろ、既製品のスーツと比較して、オーダースーツは後々の調整を前提として設計されている場合がほとんどです。その秘密は「縫い代(ぬいしろ)」にあります。
縫い代とは、生地を縫い合わせる際に内側に折り込まれる部分のこと。オーダースーツを仕立てる職人は、お客様が将来的に長く着用されることを見越して、この縫い代を意図的に多く確保しています。これは、数年後の体型変化にも柔軟に対応できるようにという、作り手からの心遣いなのです。この余分な生地があるおかげで、ウエストを出したり、ジャケットのラインを微調整したりといった修理が可能になります。
ただし、万能というわけではなく、直せる範囲には物理的な限界が存在します。デザインの根幹に関わる部分や、生地そのものが足りない修正は困難です。ご自身のスーツがどこまで生まれ変われるのか、まずは下の表で修理の可能性を確認してみましょう。
オーダースーツの主な修理可能箇所一覧
| 修理箇所 | 詳細な内容と注意点 | 調整可能な範囲(目安) |
| ジャケット | ||
| 肩幅 | 主に詰める修理が中心です。肩周りはスーツの印象を決定づける最も重要な部分であり、ここの調整には高い技術を要します。 | 約2cmまで |
| 身幅・ウエスト | 脇や背中の縫い代を使い、詰めたり出したりできます。着用時の印象を大きく変えることができます。 | ±4~6cm程度 |
| 着丈 | 基本的には詰めることのみできます。数センチ詰めるだけで、軽快でモダンな印象に変わります。 | 約2~3cmまで |
| 袖丈 | 袖口から調整します。長さを調整するだけで、シャツの見える分量も変わり、全体の印象が引き締まります。 | ±3cm程度 |
| スラックス | ||
| ウエスト | 最も一般的な修理箇所です。後部の縫い代で調整するため、比較的容易に対応できます。 | ±4~5cm程度 |
| ヒップ・渡り幅 | ウエスト調整と連動して、ヒップ周りや太ももの付け根(渡り幅)も調整します。 | ±2~3cm程度 |
| 裾幅 | 靴とのバランスを考えながら調整することで、足元が洗練された印象になります。 | ±2cm程度 |
| 股下(裾丈 | 長さの調整はもちろん、仕上げをシングルからダブルへ変更するなど、デザインの変更もできます。 | 長さの調整、仕上げの変更 |
2. 直しを依頼できる場所とそれぞれの特徴
では、実際にどこへ修理を依頼すれば良いのでしょうか。主な依頼先は3つあり、それぞれにメリットとデメリットが存在します。ご自身のスーツの状態や、何を最も重視するかによって最適な選択は変わってきます。
① スーツを購入したテーラー
最も信頼性が高く、私たちテーラーが一番におすすめする方法です。最大の利点は、そのスーツの「カルテ」を完全に把握していること。仕立てた際の採寸データはもちろん、使用した生地の特性や内部の構造まで熟知しています。そのため、スーツに最も負担が少なく、かつ最も美しく見える修理方法を提案できます。お客様の体型の癖や好みも理解しているため、「もう少しだけ、こうして欲しい」という細かなニュアンスも伝わりやすいでしょう。費用は専門店より少し高くなる場合もありますが、それ以上に「失敗しない」という絶対的な安心感は何物にも代えがたい価値があります。
② 洋服リフォームの専門店
スーツに限らず、あらゆる衣類の修理を専門に手掛けるプロフェッショナルです。高い技術力を持つ職人が在籍している場合が多く、複雑な修理にも対応できる可能性があります。様々なブランドの服を扱ってきた経験から、多角的な視点で修理の提案をしてくれるかもしれません。ただし、お店によって技術力に大きな差があるのが実情です。特にスーツの修理は、平面的な衣類とは異なる立体的な理解が不可欠です。依頼する前には、そのお店のウェブサイトでスーツの修理実績を確認したり、口コミを調べたりして、「スーツの構造を熟知しているか」を見極めることが重要になります。
③ 一部のクリーニング店
クリーニングのついでに依頼できる手軽さが魅力です。ボタンが取れかかっている、少し糸がほつれている、パンツの裾が解けてしまった、といった軽微な修理であれば、十分に対応してくれます。しかし、サイズ直しのようなシルエットの根幹に関わる専門的な修理は、避けるのが賢明です。スーツの修理には、縫製技術だけでなく、体型を補正し美しく見せるための専門的なプレス技術も必要不可欠です。大切なオーダースーツのシルエットを損なわないためにも、修理内容によって依頼先を使い分ける意識を持ちましょう。
3. スーツを「育てる」という選択

オーダースーツは、単なる衣服ではありません。持ち主と共に時間を重ね、身体に馴染み、時には修理という対話を通じて、さらに愛着の深い一着へと「育って」いくものです。体型が変わったから、少し古くなったからといって、処分してしまうのは実にもったいないことです。
適切な修理とメンテナンスは、未来への投資でもあります。クローゼットで眠っているそのスーツを、ぜひ一度手に取ってみてください。そして、購入したテーラーや信頼できる専門店に、その想いと共に相談してみてはいかがでしょうか。私たち作り手は、皆様の大切な一着が再び輝きを取り戻す日を、心からお待ちしています。

